雨上がりの夜桜

朝から降りつづいた冷たい雨は日が落ちるころにはやみ、桜も満開を過ぎた
花冷えの夜、Cと待ち合わせをして夜桜見物に出掛けた。

逗子から自転車でやって来たCは、絵の具のついた作業ズボン姿で
「6月の個展に向けて制作中ですが気分転換に」と歩き出した。
段葛を覆うように桜の花が両側から道を包み、それを照らすぼんぼりが
雨上がりのもや掛かった夜闇に滲んで、八幡様の鳥居まで
桜色の雲がつづいている。

fujiakari.jpg

水たまりにうつる灯籠の明かりがくっきりと光を放ち、
そこだけが覚醒しているよう。
参道をすすみ石段を上がると、左手にあった大銀杏が
根元1メートルほど上あたりからすっかりなくなって、
普段は気にもとめなかった景色が何だか違うことに驚いて覗き込んだ。
樹齢八00年の銀杏は大風で折れ倒れ、年輪があるはずの胴は空洞で、
そこから風が吹き上げてくるような錯覚がした。
「私の友達で、大銀杏が空洞だって夢を見たコがいるけれど、正夢だったね」
とCは云い、
「私の夢の中ではこの空洞が北鎌に通じているんだ、これも正夢」と云って、
するりと折れた大銀杏の中へ消えていった。
北鎌なんて近すぎないかぁと思いながらCの消えた暗い穴を覗いていると、
吸い込まれるように頭から前転し、つづいて私もフワッと落ちた。
一回転して岩のように冷たい地面に尻餅をつき、真っ暗な中を見渡すと
Cが膝を抱えた体育座りで待っていた。あたりは湿った土のにおいと、
ついた手のひらには苔の感触。闇よりも黒い杉木立に見覚えがあり、
北鎌倉は東慶寺奥の墓地だと気がついた。
nn

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